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第一話 ④

Author: 上守葉
last update Last Updated: 2025-12-04 16:00:13

 夜住よすみに、決まった形状というものはない。

 一般人にはただの黒いモヤにしか見えないその存在は、刀主とうしゅの中でもハッキリ視認出来る者が居るかどうか。

 俺だって、先生の角灯ランタンの光が届いてやっと、夜住の正しい姿が見えてくる程度だ。

 斬り伏せた塗壁が、ザラザラと煤になっていくのを見守りながら、先程の夜住の姿を思い返す。

 夜住は、人間の怨念や悔い、呪詛なんかが固まってしまった「呪いの怪異」のようなものだ。

 同じ怨念が集まれば集まるだけ呪いは強まり、呪いが怪異へと進化してしまえば、厄介この上ない。

 だから、流行り病が起きた時や、災害があった後なんかはただの刀持ちですらも忙しくなる。

 刀持ちたちは、発生した怪異がどの程度の存在であるのかを判断する役目があった。

 「怪異」であれば、まだいい。

 刀持ちだけでも対処出来るから、怪我人や人死にが少なくて済む。

 だがその怪異が夜住にまで進化してしまえば、対処出来るのは刀主だけだ。

 俺は、夜住を斬った刀の煤を振り払って鞘に戻した。

 さっきの夜住の──疱瘡のようにデコボコと貼り付いていた、小さな人間の顔面。

 あれは恐らく、同じ病で死んだ者の呪詛が固まってしまったものだろう。

 この路地の先には、過去に疱瘡患者を受け入れていた療養所の跡地がある。

 療養所自体に呪いが湧いたせいで今は放棄されてしまっているが、夜住が湧くのは時間の問題だったのだろう。

 可哀想に、とは思わない。

 確かに病死した人間の感情なんてものは、夜住の大好物と言ってもいいだろう。

 何故自分が。

 どうして今なのか。

 自分よりもアイツの方が悪いことをしているのに──等々。

 この世界には様々な呪詛が存在するが、病からの死や、災害から病に転じてしまった者の呪詛は、思いの外強い。

 死ぬまでに猶予があるのもよくないだろう。

 苦しみの中で、健康な誰かを呪い、これから生きられたはずの人生を想い──そういう感情が、怪異の根源になってしまうんだ。

「お兄ちゃーん、あっちの夜住も祓っておいたよー」

「ご苦労。そっちは、なんだった?」

「戸の怪異みたいなのだったよ。表面にいっぱい手の平の痕があるの」

 大きな刀を振る小さな手をこちらに向けて、和穗は言った。

 やはり、今回の夜住の発生源は療養所跡地で間違いなさそうだ。

 戸の夜住は、きっと「この外に出たい」という入所患者たちの切なる思いから発生したものだ。

 その感情の根っこが良いものであれ悪いものであれ、同じ感情が折り重なって呪詛になれば結果は一緒だ。

 祓って、消す。

 それだけだ。

 俺は、足元に山を作っている煤を、なんとなく見下ろした。

 この煤も、じきに《煤祓い》たちがやってきて回収し、灯守とうもりの火種に燃やされて消えるだろう。

「先生、他には?」

「目立つのはもう居ないね。でも、近いうちに見に行かないといけなさそうな所が、3箇所くらい」

「明日、俺が行きます」

 煤に背を向けながら言えば、宙をふわふわと浮いていた先生が「はーい」と緊張感なく応じた。

 俺が行く、という事は、先生も行く、という事だ。

 それがつがいというものだから、わざわざ確認はしない。

 ただ、俺はまた先生が勝手に一人で先に行きやしないかと、それだけが心配だった。

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